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第10話 見習い魔女と修行の地

Author: 173号機
last update Huling Na-update: 2025-03-16 23:15:51
 さ、寒い。

 昼とはいえ真冬の野外。寂れたJRRの駅前は雪こそ降っていないけれど、凍てつく冬の風が駆け抜けていく。そういえば今年の正月は何十年かに一度の大寒波だとニュースで言っていた。

 パジャマ姿の俺は既にヤバい眠気に襲われつつある。もちろん母に放り出された心理的な影響もあるだろう。現実逃避には睡眠が一番だから。しかしこうなると、いつも状況に合わせていい感じの服になってくれるベリーのありがたみがこれでもかと身に沁みる。

 あれ、言ってしまえばハグだもん……。

「凄い! 瞬間移動だ! 紫さんの魔法だよね!?」

 良司さんは俺そっちのけではしゃいでいる。悪いがそんな珍しくもなんともないことはどうでもいい。とにかく寒い。一先ず良司さんは放置だ。

 えっと、一緒に放り出されたスーツケースの中に何か防寒できるものがないかな。

「うおっ!?」

 スーツケースの中から音がする。ドンッ、ドンッと、まるで外に出せと言わんばかりの迫力……ええい、少し怖いが構うものか。

 今にも寒さと悲しみにKO負けしそうな俺はスーツケースを開け放った。

 と、同時に飛び出してきたのは――

「くそが!! あんのジジイめ、なんてことしやがる!!」

『うぅぅ、僕の体がちょっぴり燃えちゃったよぉ』

 怒れるシラーとベリーだった。おお、神よ。これでこの凍てつく寒さともお別れできます。

「あああああベリー! 会いたかった! 今すぐ暖かい服になってくれ! このままじゃ――」

『やだ!! 白緑のせいでこうなったんだからね!! 見てよここ、勝蔵の息でこんなことになっちゃったんだよ!』

 半泣きでポカポカ殴りかかってくるだけでベリーは暖かい服になってくれない。せめてローブのままでいいから羽織らせて欲しいが無理そうだ。

「じゃ、じゃあシラー! 大きくなって俺を腹の下に入れてくれ!」

「断る!! 私の腹の皮は卵や雛の為にあるんです! 白緑みたいな加齢臭漂うオッサンの為にあるわけじゃない!!」

 か、加齢臭!!?

「お、俺が加齢臭なんてありえないだろ! 種族的特徴でいつでもふんわり香る良い匂いなんだ! 柔軟剤要らずで経済的だって褒められるのに! 撤回しろ!」

「加齢臭は自分じゃ気付かないっていいますもんね!」

 そ、そんな馬鹿な……掴みかかったシラーの反論に心が折れそうになる。

「み、白緑君は加齢臭なんてしないよ
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    Huling Na-update : 2025-03-16
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    Huling Na-update : 2025-03-22
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    Huling Na-update : 2025-03-23
  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第18話 見習い魔女と贈り物

     雀がまばらに囀ずる冬暁、冷たい風に起こされた私は強烈な吐き気に襲われた。「うぉ、うおえぇぇぇぇ」 目の前の便器に吐瀉、吐瀉、吐瀉。昨夜の宴に彩りを添えてくれた名脇役たちとのお別れに涙が止まらない。「大丈夫?」 後ろから良司さんの声がする。だけど頭がぐわんぐわんで返事など不可能。こみ上げるものは気持ち悪い、ただそれだけ。「み、みどり……は、はやく………うぷっ」 「ダメ、私が先……」 「ふざ、けんな。俺が先……」 は? シラーの他にティティとヤスエの声まで? ここはどこなの? 重い体をぐっと動かし便器から顔を上げ、ゆっくり周囲を確認……なんてこと。ここは爆破したはずの”私の”家じゃない。「魔女が揃いも揃って二日酔いとはみっともない。いい加減口を開けぬか」 「イ、イヤ……ボクには五苓散(ごれいさん)がゴフッ!?」 ジャックの呆れ声と、天に召されただろうメグミの声も聞こえる。いったいなぜ――ぅぷ!「げぇぇぇぇ」 私は再び吐瀉しながら記憶を辿ってみた。 そうだ、結局あの後も良司さん自慢はできなかった。ポツンとしてたら一升瓶が飛んできて口にすぽっ、からのすぽっすぽっ。あれよあれよとへべれけになり、どんちゃん騒ぎへ引きずり込まれた。 それから二次会、三次会としこたま飲んで四次会へ。確か……カラオケだったはず。 深酒に溺れた魔女の歌はもちろん危険であり、カラオケ店は雪童子とプチアミメットの住処と化し、さらには手足の生えたイチゴと不定形の小鳥、気色の悪い黒影が闊歩する伏魔殿と化した。 私は二度とあの店に行かない。 そして飲み始めてから約二十時間が経った頃、誰かが私の家で飲み直そうと言い出したのだ。確か、色黒で、長い触覚の、イケメン……ジャックだ! そう、どういうわけかジャックがいた。思い出した私はトイレから出てジャックに掴みかかる――前に眩暈で床に這いつくばった。「無理をするな。薬を作ったから飲むといい」 差し出されたコップの中身は黒い液体がボコボコと不自然に泡立ち、湯気に混じる微かな呻き声が地獄を思わせた。「い、嫌……」「新たにヒトの霊を眷属にしたのだ。そやつらに作らせた。これなら大丈夫であろう?」 大丈夫なわけない。さっき飲まされただろうメグミが鮮血色の泡を吹いて転がっている。もう一度言うわ、大丈夫なわけない。「心配なさ

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     あの短剣で燃やせば証拠は欠片も残らない。少し気が早いけれど、裏切り者の乱子共々校長を始末できて気分は上々。 あとはあの写真を出版社に売り付ければお小遣い稼ぎもできて、一石二鳥どころか三鳥だ。 少し癪に障るけど、あの童顔中年と私が変身していた被害者男子はよく似ていた。校長にイケナイ薬を盛られて襲われた挙げ句、オーバードーズで死にかけたところを”シスターの私”に救われた。良司さんの毒薬被害者も校長の仕業で……という筋書きよ。 今となっては私をシスターに仕立て上げた理由は不明だけど、せっかくだから利用させてもらおう。『いやぁ~白緑がぼくのために殺人だなんて、ちょっと感動しちゃったよ』『殺人? 馬鹿言っちゃいけないわ』 私はそんなことしない。あれは正当防衛よ。それもとことん優しい。 だって校長は私がありもしない罪を着せようとするもっと前から、私をバチカン送りにしようと企んでいたのよ。完全に消しにきていた。 マル魔にしてもそう。奴らはこれまで何人もの魔女を屠っているし、私の大切なベリーに拳銃を向けていた。それにほら、まだ誰も屠ってなさそうな新卒君は助けてあげたじゃない。 だいたい、私はあの短剣をきちんと暴発させたわけで――『え、帰らないの?』 言いながら生徒教職員が倒れている廊下を進み、南校舎に差し掛かったところでベリーが聞いてきた。ずっと怠そうに無視していたから、話題を変えたかったんだろう。『阿叢先輩がトンカツ奢ってくれるって言ってたのよ』『ええ~? この状況じゃ無理なんじゃない?』『食券が欲しいの。一ヶ月有効なんだから』 きっと来月にはこの学校も通常通りになっている。 少しは騒ぎになるでしょうが、所詮校長なんてすげ替え可能な消耗品。どうせ次もそれなりの実力者が選ばれるんだから、誰がなろうと大差ない。 それに理事会とかが全力で不祥事を揉み消すに決まっている。大事にならないのは確実。『食券を回収したら食材もいただくわよ。今夜は豪華な食事でベリーの慰労&乱子の破談お悔やみ会よ』 あの堅牢な冷蔵庫を抉じ開けるのなら大変だけど、幸い私は正規の開け方を知っている。食堂のおばちゃんを何度も観察していてピンときたのよ。『あ、それいいね!』『そうだわ。同期の皆も招待しなきゃ。きっと大泣きしながら集まるわ』 悲しみではなく爆笑で、だけど。 にし

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第30話 見習い魔女と聖剣ブルバディア

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  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第29話 見習い魔女と知己友朋

     聖剣は私に当たらなかった。 突如、校長が片膝を付いたからだ。まるで貧血でも起こしたかのように大外れ。その結果、私の左にあった高そうなソファが真っ二つになった。「大丈夫ですか!?」 マル魔の一人、パリコレモデルのような碧眼の男が校長に駆け寄った。さっき私の肩を撃ち抜いたクソッタレだ。「貴様、何をした!」 間髪入れずもう一人、どこぞの王室近衛兵のような雰囲気の美丈夫が威嚇してくる。さっき私の足を撃ち抜いたクソ野郎だ。「何もしてないわ」 なんでもかんでも魔女のせいにしないで。どうせ老人性の貧血でしょ――ほら見なさい。目眩が、って校長も言ってるじゃない。お陰で助かったけど。 校長はパリコレモデルに肩を借りて立ち上がったけど、また直ぐにガクッとなった。「嘘をつくな!」 それを見た近衛兵がまた叫ぶ。同時にカリャリ、と引き金を引く音がした。「だから知らないわよ!」 ていうかちょっと黙ってて。あんたたちも無視できないけど、今はもっと重要なことが――「ローブのポケットを調べたらどうかしらぁ」 そう、乱子よ。さっき校長は言っていた。夜鶯胤家とは話が終わっている、と。 ”私”の姿で倒れていたくせにいつ戻ったのか、本来の姿で胸をゆさゆさ歩いてくる乱子。「んもう、天使(あまつか)校長ったらお口が軽いんだからぁ」 真っ二つになったソファを魔法で消し炭にし、もう一つのソファに校長を座らせた乱子が、私を見下ろしながらその隣に腰掛ける。 そのまま妖艶な仕草で組む足の動きは、かなり強い誘惑魔法だ。残念ね。銃創が痛すぎてちっとも効きゃしないわ。 乱子の登場でマル魔たちの表情がもう一段階険しくなった 。「あの竜胆家の者を浄化できると思うとつい、な。悪かった」「まあ白緑には招待状を送ってないからいいんだけどぉ」 校長の首に腕を絡ませながらこちらを見る乱子は物凄く得意気だ。まさか校長は籠絡済みなのか? 「ポケットにペンギン型の財布がありました!」 ずっとベリーに銃を向けていたマル魔二人のうち、新卒らしき坊主の方がシラーを校長に渡す。「ああん、やっぱりぃ。白緑の使い魔なのよこれぇ。きっと天使校長の目眩はこの子の仕業よぉ」 しかしあれね。乱子が喋る度にマル魔たちがイライラしてるわ。わからないでもないけど、出会して数秒でそうなら、五分だってもたないんじゃないかし

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第28話 見習い魔女と校長先生

     私と乱子はそれぞれ”被害者の男子高校生”と”巨乳の私”に変身し、校長室のある東校舎の五階へやって来た。 昼休み真っ只中で生徒が溢れていた四階までと同様、ここにも妖力吸収機能付き監視カメラの他、妖力封じの罠や霊力の宿る聖句等が無数に設置されている。 しかしそのどれもが、数ヶ月通い続けた乱子によって”私”には反応しないよう改造されていた。北校舎を歩いているときにチラリと漏らしていたが、どうやら乱子も校長を疎んでいるっぽい。 そういう訳もあって乱子に”私”の姿を許したのだが、シスターとして頻繁に来校している”私”が、被害者を救済したと皆に見せ付けた方が効果的じゃない? と提案されたのも大きい。 とはいえ、さすがにすれ違うほぼすべての生徒に挨拶され、竜胆さんと呼ばれる乱子を見るのは背筋が冷たくなった。 おまけにボクサータイプのメンズパンツにレディースのジャケットというちぐはぐな格好の、一目で何かあったであろうとわかる”俺”には、弾けるような笑顔で「こんにちは」とか「学食以外で初めて会ったね」などと言うのだ。 あえて気遣う素振りを見せない気配りとでもいうのだろうか。性的に陵辱された者が救済される様子は、聖職者の卵には見慣れた光景らしい。嫌な学校だ。「思った以上にヤバいわねここ」「古今東西、未熟な聖職者が慰みものにされるのはよくある話よぉ。勿論その逆も」 哀れむように言う乱子だが、そういう原因を作ってるのは、たいていこいつみたいな性に奔放な魔女や色魔などの怪物である。 それにヤバいと言ったのは罠とかについてであって……は?「なんで私にはかけてくれないのよ」 乱子は自分にだけ強力な防御魔法をかけていた。霊力の影響を緩和する魔法もだ。「え~? だって頼まれてないものぉ」 一人だけ安全にこと進めようとはなんたることか。だいたい、まだ乱子の目的をちゃんと聞いてない。いったいあそこまで”私”を身バレさせて何をしようってんだ。 とはいえ、今問い詰めたとしても口は割らないだろう。燐粉と交換でなくては。乱子は――いや魔女とはそういうものだ。「あ、そうよね。五人も友達ができた乱子にはもう、昔からの親友なんかに優しくする理由がないわよね」 せめて嫌味でもとツンツンしたことを言ったら、逆に喜ばれた。「はぁ……もういいわ」 最悪、記憶に関しては姉かジズを頼ればい

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第27話 見習い魔女と魔女の取引き

     くっ、凄まじい魅了魔法。魅了耐性の高い私をくらくらさせるなんて、さすが乱子。でも大丈夫。こうやって自分の顔を殴れば――ほら、なんてことない。「わ、私に魅了なんて効かないわ……」「んもうっ、野蛮なんだからぁ。鼻血出てるわよぉ」 乱子が呆れた様子でハンカチを差し出してくる。やたらと良い香りで誤魔化してるけど、微かにラミアンベラドンナの香りが……息を止めて拭う振りをしておこう。 ていうかよく考えたら危険だったかもしれない。シラーもベリーもいないんだった。魔力の尽きかけた生身の私だけで、どれだけ乱子とやりあえるかは未知数だもの。「じ、実物は実家にあるの。でも事情があって今帰れないから――」「やだぁ、もしかして今さら一人立ちの修行してるのぉ?」 ぐっ、すっごい馬鹿にされてる。そりゃあ私だってこの歳でと思うけど、仕方ないじゃない。「聞いて乱子。私、訳あってこの学校を救わなくちゃいけないの。でも校長が邪魔で……討伐を手伝ってくれたら燐粉をあげるわ」「ちょっと待ってぇ。私の目的を話せばいいんじゃなかったかしらぁ? 急に条件をすり替えられたからびっくりしちゃったじゃなぁい」 チッ、引っ掛からなかったか。 にしても全然攻撃の手を緩めないわねこの女。今の胸の揺らし方は間違いなく誘惑魔法。乱子の胸なんか一ミリも興味ないけど、頬の痛みが引いていたら飛び付いていたかもしれない。やはりハンカチは使わなくて正解だった。 う~む、こうまでして私を駒にしたがる理由……この学校には財宝でも隠されてるのかしら。それならそれで一枚噛みたいけど、先ずは私のミスをどうにかせねば。 乱子が来るなんて予想もしてなかったから、SNSでありもしない”校長の悪事”を拡散してしまった。あの拡散スピードでは、もはや無かったことにするのは不可能。大炎上と損害賠償請求待ったなしだ。 阿叢は社会のお勉強代として払えばいいけど、私の場合、肩代わりする良司さんが可哀想だ。何としても校長を破滅、それか阿叢を単独犯に仕立て上げなくてはならない。「ヤタガラスアゲハの妖精よ? ちょっとお手伝いするくらいバチは当たらないでしょ」「そうだけどぉ……」「このチャンスを逃したら次はいつ入手できるかしらね?」 全然知らないものだし、それという確証もないけど今を乗り切れればいい。実家に帰れさえすれば母の素材庫から代

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第26話 見習い魔女のご近所トラブル

     いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。  速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。  まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺のメンタルはめためたになって二度と元に戻ることはなかったかもしれない。 良いことをしている。可哀想な人を助けている。そんな気持ちが透けて見える阿叢の顔。これっぽっちも悪気はないのだろうが、それこそなおタチが悪い。 ご飯をくれるからっていい人だと思った俺が馬鹿だった。こいつはエゴの塊だ。 あああ警察だなんて急展開すぎる。  こうなったからには嘘を真にする他ない。悪いが校長には社会的に死んでもらおう。そうだ、いっそのこと毒薬ばらまき事件も校長の犯行にしてしまえ。 お、そう考えれば結果オーライかもしれないな。不思議と怒りが感謝へ変わっていく。 そうと決まればパンツの下にいくつかキスマークでも浮かび上がらせておこう。乳首にもピアスホールを開けて、如何わしいタトゥーをもう一つ腰に浮かべる。 校長の趣味は知らないが、社会的に抹殺するならこれくらい……いや、もう少し攻めるか?  あそこを変型させるように変身して、器具の部分だけ色を変えたら、あっという間に貞操帯の出来上がり。 それから俺のスマホ――はベリーが持って行ったから、阿叢に証拠だと写真を撮らせてSNSにアップさせる。おお、みるみる拡散されていくじゃないか。 怖いなぁSNSって笑 よし、これで準備万端だ。  さあ来い警察、俺の演技力で見事校長に濡れ衣を着せてやろうじゃないか。と意気込んだのはいいものの――「ここです! 竜胆さん!」 ――ん? 聞き間違いか? 今、阿叢が竜胆さんて言わなかったか? ここ我らが日本、日の元の国に竜胆姓は一血族のみ。何故なら母の紫が父の勝三と結婚し、竜胆を名乗ることとなったときに、

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第25話 見習い魔女と優しい上級生

     てっきり学食へ行くのかと思ったら、阿叢はてんで別の方向へ進んで行く。「え? あの先輩、学食はこっちじゃないですよ」 「黙ってついて来い!」 「は、はぁ……」 どうしたんだろう。まさかその歳で、学校でウンコしてたのがばれて恥ずかしい、とかじゃないよな。『違うよ、さっき白緑がえへへなんて言ったからだよ。すっごく気持ち悪かったからねあれ。オッサンが使っていい言葉じゃないんだから。いい加減年相応になろうよ』 うるさいな。見た目が若いんだから年相応だろうが。それに吸血樹鬼の四十六歳なんて人間で換算すればまだまだ幼児だ。ばぶばぶ言ったって何の違和感もない。『あ、そう。じゃあオムツになってあげようか?』 続けて精神は人間と同じ早さで成長するくせに、とぼやかれた。 何て言い返そうか考えていたら阿叢が止まりこっちを向いた。ここは……北校舎裏のギロチン置場か。「お前、上反りフランクだなんてどういうつもりだ? 脅してるのか?」 ……はて? 俺がおねだりしたのはイベリスフランクであってそんなヤル気満々な雰囲気のフランクじゃないんだけど。 困惑していると阿叢の睨みが一層鋭くなった。その殺意バシバシさは、さすが滅殺と名の付く学科に在籍しているだけある。「上反り? いや、俺が食べたいのはイベリスフランクなんですけど」 「だからそれは上反りフランクじゃないか!」 まるで意味がわからない。そもそも上反りフランクをおねだりしたからってなんで脅しになるのか。「お前も校長みたいに俺を脅して無理矢理――」 ええっ!?  ま、まさかそういう……だから上反りとかフランクに敏感なのか? 嘘だろ。こんな聖人を育成しますみたいな学校の、それこそ聖人のような校長が生徒に……はっ!?「ちょ、まっ、先輩! なんで手に霊力集めてるんですか!?」 信じられない量の霊力が圧縮されていてバチバチ、バリバリ嫌な音が鳴っている。『え、なんで? 白緑なにしたの?』 『何もしてない。こいつが勝手に勘違いして勝手にキレてんだよ!』 あああああ、これはあれだ。ヤられてるのがばれたから殺りにきている。きっと槍を作ろうとしてるんだ。阿叢は槍投げの選手だからな。去年インターハイで優勝したとも言ってた。「優しくしてやったのに最低だなお前」 ほら見ろ。殺意たっぷりの霊槍を作りやがった。しかも切っ先を

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第24話 見習い魔女と聖職者の庭

     目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。     その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き

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